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■ 「リーマン予想」を題材として

 素数とは1と自分自身以外では割れずこれ以上分解できない数字のことです。数の原子と言われる所以です。素数が現れる間隔はアトランダムです。この素数の並びが明らかになれば、大自然や宇宙を支配する法則が明らかになると考えられています。この素数に関する有名なリーマン予想は1859年に発表されました。素数の情報だけで作られたゼータ関数の零点の位置はすべて一直線になるはずだという予想です。素数は無限に存在することは証明されており、現在コンピューターを使って1000億個の零点についてリーマン予想が正しいことがわかっていますが、まだ証明した人はいません。
 1972年、シカゴ大学の数学者モンゴメリー博士が、プリストン高等研究所に行ったとき、同研究所の高名な量子物理学者ダイソン博士と偶然お茶を飲む機会がありました。初対面で専門が異なる同士の会話として、モンゴメリーは、自分が研究しているゼータ関数の零点の間隔は素数の間隔と異なり比較的均等に並んでいることを、その零点の間隔分布の数式を示して説明しました。するとダイソンは、その数式は重い原子核のエネルギーレベルの間隔を表す数式とそっくりだと驚きました。全く無関係な素数と原子核の分野に緊密な共通性がある大きな発見でした。
 この発見以来、数学者と物理学者はこぞって、素数の研究やリーマン予想の証明への関心を高めました。1996年、シアトルの素数に関する学会で、数学、物理、整数論、解析学等の、分野を越えた学者による論議が行われました。
 その会議において、量子論に源泉をもつミクロの空間を理解するための非可換幾何学の大家であるコンヌ博士は、非可換幾何学と素数が極めて近い関係にあることを見いだし、その後次々に素数に関する論文を発表しました。このコンヌ博士は、リーマン予想の証明に一番近い人と言われており、非可換幾何学を使って素数の謎がとけたときには、森羅万象を説明する万物の理論も完成するだろうと言われています。

 私は会長インフォメーションで、子ども、若者、教育のひずみ、障害者、高齢者、認知症患者、介護する者・される者等の社会問題について話してきました。これらの話は社会奉仕の何らかのヒントになると思うからです。このような社会問題の対象となっている人たちは、社会の中での少数被害者です。私は司法に携わる者として、司法の本来の役割である少数者の救済に関心を持ち、及ばずながら努力してきたつもりです。私の会長インフォメーションは、1つはこの様な立ち位置からの話しでした。
 私はもう1つ別な視点からもお話ししました。冒頭の「リーマン予想」は、このような視点を想起していただくための導入話です。「リベラルアーツ教育を取り入れる大学が増えている」では、最先端の研究の方向性を考えるには従来とは異なった観点・発想・手法・技術などが新たな成果を生み出すこと、学際的教育が必要性なことを訴えました。このリーマン予想の話が正にそうで、異なる専門分野のモンゴメリー博士とダイソン博士が、偶然話したことがきっかけとなって、リーマン予想の証明に大きく近づきました。
 社会で要請される知識は、理系・文系の枠に収まらない様々な専門分野を融合した能力が求められて来ています。「対人援助学と東日本・家族応援プロジェクト」では、立命館大学大学院応用人間科学研究科が「東日本・復興支援プロジェクト−対人援助学による家族・コミュニティ支援プロジェクト−」を立ち上げて、これまでに培った専門知識、技術、ネットワークを稼働させ、地域ごとの現況にあった対人援助プログラムを提供し、現地の人々とネットワークを構築して協働していくという未知に求められる試みの実験です。
 「児童虐待を防止するために」や「305万人の認知症の人たちが尊厳を持って生きていける社会を」でも、虐待防止を担う各種機関は、固有の権限があるもののその権限に限界があるので連携が必要であり、要保護児童支援ネットワークや虐待防止ネットワークで連携して、異なる分野の専門家が問題の解決に当たる必要性を訴えました。
 「貧困政策を社会的包摂政策へと転換する奨め」では、今までのような単なる物質的・金銭的な貧困対策を転換し、孤立を生みだす社会の仕組みや、排除している制度の改善のために、「社会的包摂政策」の発想と「学際」的・総合的な見直しの必要性を。「繁栄の外に追いやられて生きている若者たちが増えている」では、若者達を社会的に排除せず、社会的に包摂するために、学校だけでなく、福祉機関などの行政や地域がお互いに役割分担をしながら共に若者たちを守るセーフティーネットワークを構築する大切さを訴えました。
 私は、社会の如何なる問題でも、分野の異なる専門家が集まり、ネットワークを稼働させて、多様な視点と発想から熟議することこそが、問題の本質に迫り根本的な解決に結びつくことを改めて指摘させていただいて、私の最後の会長インフォメーションを締めくくりたいと思います。この1年間の皆様のご静聴に感謝いたします。皆様ありがとうございました。