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■ 認知症の症状と治療薬

 2012年の認知症患者の予測は約305万人。65歳以上の10人に1人、80歳以上の4人に1人が認知症患者と言われています。認知症と言われる症状の原因疾患は沢山ありますがその内、一番多いアルツハイマー型認知症を中心として説明します。アルツハイマー型認知症は、統計からみても加齢による要因がほとんどで、遺伝によるものは稀といわれています。
 認知症の症状は、記憶障害ばかりが注目されがちですが、徘徊、暴力・暴言、幻覚・妄想といった周辺症状(BPSD)が現れます。その他に、生活障害と呼ばれるものがあります。生活障害とは、脳の機能が阻害されることで生じる日常生活動作(ADL)が行いづらくなる障害です。日常生活動作(ADL)には、手段的ADL、即ち買い物や金銭の管理といった自立した生活に関連した動作と、基本的ADL、即ち摂食、歩行、排せつ、入浴、着替えなど身の回りのケアに関する動作があります。アルツハイマー型認知症では、病初期の軽度な段階から手段的ADLの障害がみられ、病態が中等度から重度になると基本的ADLの障害が現れてきます。初期段階の記憶力の低下というのは周囲から分かりにくいので、認知症の早期発見という意味では、記憶障害だけでなく、生活障害、特に初期に現れやすい手段的ADL障害に着目することが重要です。
 別な視点から、診断のための早期発見のキーポイントは、@物忘れA日時の概念の混乱B怒りっぽいC自発性の低下・意欲の減退の4つです。ただし、物忘れといっても、体験したことは覚えているが物や人の名前が思い出せないというのは老化に伴う物忘れに過ぎず、体験したこと自体を忘れてしまうのが認知症です。認知症を疑ったら、受けるべき診療科は精神科または心療内科です。
 認知症の治療は、認知症の進行を遅らせる抗認知症薬の投与による薬物治療が中心です。抗認知症薬として古くから認可されているアリセプトの外に、2011年に3剤の薬が認可され、やっと10年前から使用されてきている欧米並みの薬物治療環境が整いました。それぞれの薬剤ごとに薬理作用が異なりますので、患者の病態や状態によって薬剤を使い分けて行くことが大切です。日本は、認知症の研究では国際的にトップクラスにありますが、治療レベルを欧米並みに高めることがこれからの課題です。アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が死んで数が減り、脳が委縮して症状が現れるようになることから、脳の神経細胞の死を抑制する薬剤を研究開発中ですが、根本的に治療する薬剤はまだ開発されていません。(この原稿を書くにあたっては朝日新聞‘12.12.23の朝刊を引用させていただきました。)

 認知症の患者は、記憶障害で生活に困る以上に、ADL障害で生活の質が著しく低下することが問題です。また患者だけでなく、介護者に及ぼす影響が大きいことも問題です。
ところで今世界では、認知症患者と介護者の生活の質を高めることを目標に、認知症への対応の大変革が起きています。例えばフランスでは、5年間に研究と治療にそれぞれ2億ユーロ、ケアに12億ユーロを投じて様々な改革を進めています。
 その改革の1つとして抗精神病薬の使用を減らそうとしています。認知症の治療には、先に説明した認知症の進行を遅らせる抗認知症薬の投与が主ですが、その他に、不安や興奮を鎮める抗精神病薬や、良く眠れないという訴えには睡眠薬や抗不安薬が処方されます。しかし、認知症でも、生活に満足していたら強い不安は出ないし、興奮状態にもならない。環境とケアが良ければ本人は穏やかに暮らし、不安や興奮が激しいときに使われる抗精神病薬の出番がぐっと減る。この理屈で、認知症患者の生活の質を測る指標として、「抗精神病薬が使われていない」ことを見ようというのです。
 フランスでは、認知症患者での使用率が`07年の16.9%から`11年の15.4%へと着実に減っています。英国での減少ぶりはもっと劇的で、`06年の17.1%から`11年の6.8%へと激減しています。
 では日本ではどうかというと、そもそも薬がどれだけ使われているのかのデーターがないそうです。どんな薬を使うかは医師の裁量という意識が強く、実態調査ができないそうです。しかし、日本で抗精神病薬が使われ過ぎていることは間違いないそうで、日本でも、実態調査をすると共に、各国に負けないような、抗精神病薬を使わなくてすむ認知症医療とケアを望みたいと思います。(朝日新聞の記事より。)