戻る
■ 汚いものを排除する社会の日本に未来はあるのか

 最近の日本は、私たちの子どもの頃と異なりきれい過ぎるほどの社会になりました。でも、最近の若者は、潔癖すぎて、自分が使ったタオルさえ2度使いしない、プラットホームのベンチに座れないどころか、電車内の座席にも隣席の人と接するのが気持ち悪くて座れない、吊皮が気持ち悪いので料理用のビニール手袋をはめて吊皮を持つ等々。このまま進んで行けば若者の清潔志向は益々強まり、他人の匂いや汗までも忌み嫌うなどして、他人との自然な付き合いができなくなるのではないかと危惧します。
 このきれい過ぎる社会に対して、「きれいな社会がアレルギー病を生んだ」、「きれいな社会が心の病気を増やす」と警鐘を鳴らしているお医者さんがいます。東京医科歯科大学名誉教授藤田紘一郎医師です。その考えをご紹介します。
 今、日本で生まれた子どもの43%がアトピー性皮膚炎や気管支ぜんそくを罹っている。しかしこのようなアレルギー性疾患は40年前の日本にはほとんどなかった。きれいにすることは良いことだが、「清潔志向」が行き過ぎたことが原因で、私たちの体を守っている細菌などの微生物を一方的に排除したためである。研究で訪ねたインドネシアのカリマンタン島では、ウンコが流れる非衛生な川で元気に遊ぶ子どもたちに出会ったが、彼らは日本の子どもたちよりずっと健康である。調査してこの子たちが皆回虫を持っていることが分かり、研究の結果回虫がアレルギー反応を抑える物質を分泌することを発見した。その後の、回虫が人間の免疫機能に及ぼす影響についての研究から、回虫や細菌など異物を排除した人間がいかにアレルギー病にかかり易くなっているか、色々な病気にすぐ負けてしまう体になってしまうかが分かった。人間の体は1万年前と変わっていない。1万年前の人間は寄生虫や細菌に感染してそれらに対する免疫細胞を作ってきた。ところが現代の日本人は、寄生虫を駆除し、抗菌グッズや洗いすぎ等で細菌を減らしたため、免疫細胞が力を持て余し、昔は反応しなかった花粉やダニの死骸などでアレルギー反応を起こすようになったと考えられる。
 また最近抗生物質が効かない耐性菌が問題となっているが、抗生物質の乱用が原因と言われており、世界一の抗生物質消費王国である日本は、少し熱が出ただけで抗生物質を使う。これを改めない限り細菌たちに復讐され人間の生きる力を奪われることにつながる。
最近の子どもは肉体的にも精神的にも我慢が出来なくなっており、覇気がなくひ弱に感じられる。それは免疫力を鍛える機会が減り免疫システムが正常に働かなくなったことが原因ではないかと考える。
 子どもは汚いものが大好きで、特に赤ちゃんは色んな物を口に入れる時期がある。それは腸内に沢山の種類の細菌を蓄えたり、物を口で確かめるためである。しかし清潔好きの周りの大人たちは、子どもが生物の本能から求めている経験を、汚いの一言で奪ってしまい、子どもが大好きなものへの関心を喪失させている。
 安全への配慮を忘れてはいけないが、子どもたちの好奇心を満足させながら汚いものについての疑問を自分自身で解決するプロセスを教えることが大切で、それによって子どもたちの免疫システムは正常に働く。
 現在の日本はより清潔な社会を求めて汚いものを徹底的に排除してきた。しかし大きな落とし穴もできた。私たちの細胞は1万年前と同じものであるから、きれいな社会に住んでいても、なるべく1万年前と近い状況を本能的に求めているのではないか。きれい過ぎない環境に身を置くように努力しないと、肉体的にも精神的にも健康にならないのではないか。今、日本では、見知らぬ人を衝動的に殺したり、親や兄弟、子どもまでもバラバラにして殺したりと、常識では考えられない、わけの分からない事件が続いている。きれいな社会が人間の感性や情熱を奪い、このような事件を引き起こす一因になっているように思われる。先述の研究で訪ねたインドネシアのカリマンタン島では、こんなわけの分からない事件は全く起こっていない。きれいな社会が「心の病」まで増やしていると思えてならない。というご意見でした。
(藤田紘一郎氏の人権のひろば58号の論稿を引用させていただきました。)