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■ 東日本大震災被災地の復興支援について

  戦後の日本は世界屈指の経済大国となり奇跡の復興を遂げたと言われますが、それと同時に世界屈指の自殺大国とも言われています。14年間連続年間自殺者3万人以上であり、人口10万人当たりの自殺者数を表す自殺率は、アメリカの2倍、イギリスやイタリヤの3倍と、先進国の中で群を抜いた高さです。パワハラ、過労、介護疲れ、失業、いじめ等様々な社会問題がきかけとなって問題を抱え込み、もう生きられない、死ぬしかないと自殺へと追い込まれていく。それだけでなく、1人が自殺で亡くなると4〜5人が遺族となるため、毎年12〜15万人を超える自殺遺族が増え続け、推計では今自殺遺族は全国で300万人いるといわれています。これら遺族は、大切な人が自殺という理不尽な死に追いやられたことによって、家族の自殺を止められなかった自分が悪いのではないかという強い自責の念や、自分は家族に捨てられたのではないかという精神的苦痛に苛まれながら、しかし家族が自殺したことを周囲に知られることを怯えるあまりつらい思いをひとりで抱え込んで孤立している人が多いということです。このように日本の奇跡の復興は、多くの命や遺族の苦痛を置き去りにしたまま、いびつに実現されたものなのです。
 何故私がこのような話をするかと言いますと、阪神・淡路大震災後の被災地での自殺者数は、震災時の1997年以降増加に転じ、98年には過去最高の878人に上り、その後はやや減少傾向にあるものの震災前に比べれば依然として高い水準にあります。この地も置き去りがあったのではないか。そして、東日本大震災後の被災地の復興の過程でも、同じような置き去りが生まれつつあるのではないかと危惧するからです。
 心理学者のフロイトは、どんなに辛くても生きて行ける、「生きる喜び」の条件は、働く場があり、愛する人がいることだと言ったそうです。
 仮設住宅に住み、愛する人を亡くし、働く場もない被災者の方々は、心がめげて、自殺を考えたことがあるという人が非常に多いそうです。そして本当に自殺された方も多いと聞きます。このような状態に置かれた人たちは、復興ムードの波についていけず、家族を亡くしてこの先どうすればいいのか、津波から逃げる途中で離してしまった子どもの手のぬくもりが忘れられない、周りに心配を掛けたくないので辛いとはいえない等のつらい思いをひとりで抱え込んで孤立しているのです。このような人たちを決して置き去りにしてはなりません。
 被災地の復興支援を考えるにあたっては、戦後日本の奇跡の復興の裏面史にある教訓を真摯に受け止め、同じ轍を踏まないよう、誰も置き去りにしないように心がけるべきです。急務は、ハード面での復興よりも、心や体のケァー、職場の創設などソフトの面に重点を置いた支援であり、その段階に来ているのではないでしょうか。
 大船渡西ロータリークラブの人たちが同じ考えの支援を考えておいでならば、今まで同様連携するのも一案です。しかしそうでないならば、例えば東北大震災の被災地において、カウンセラーや看護師を派遣して心や体のケァ―に務めたり、職場の創設を中心とする支援を行っているNPO法人などと連携する方法もあるのではないでしょうか。寄付は人件費に使えないというセオリーもあるかとは思いますが、寄付金が生きたお金になることこそ大切なのではないでしょうか。
 私としては、大阪鶴見ロータリークラブの復興支援を考えるに当たっては、難しいことは分かっておりますが、このような心と体のケア―や、職場の創設等のソフト面に重点を置いた復興支援計画を考えていただきたいと思います。
(この原稿を作成するにあたっては、清水康之「誰も置き去りにしない社会へ」人権のひろば84号1頁以下を参考にさせていただきました。)